ぷーやんの旅ときどき人生。

世界一周から始まった人生という長い旅の記録です。現在は日本に一時帰国中。

「カブールの本屋」を読んでイスラム教について考えてみた

Twitterのフォロワーさんにおすすめされて、「カブールの本屋」というアフガニスタンのある家族を密着取材した本を読んでみた。

表紙になんとなく見覚えがあったからどこかで見かけたことはあるんだと思う。

でもその時はイスラム教にも興味なく、アフガニスタンは危ない国だと思うだけで特に関心もなかった。



わたしがイスラム教に興味を持ったのはエジプトを旅した時。

それ以前にアラブ圏(この場合、アラブ連盟に属する国のこと)は訪れていたけれど、その時点ではイスラム教には興味はなかった。

初めてムスリムに会ったのはフィリピン留学で、バッヂメイトの内の一人がサウジアラビア人だった。

彼に関してちょっとした事件があり、それについては以下の記事に書いてある。
(→クラスメイトが授業放棄した件について



その後、アラブ圏としては初のカタールでアラブ人の生活を見た時、自分は異国にいるんだとワクワクした。

空港をはじめ、街にカンドゥーラを身にまとった人が歩いている。

日本で見る宴会のコスプレなどではなく、彼らにとっては普段着として着られていることが興味深かった。


カンドゥーラを着て、クゥトラとアカールをかぶっている姿はめちゃめちゃかっこいい。

たまたま目に入る人がイケメンだったのかもしれないけれど、みんな長身だからロング丈のカンドゥーラが映える。

ちょ、かっこよすぎやんっっ。


この時わたしの中で【アラブ/カンドゥーラ男子萌え】という言葉がブームだったのは言うまでもない。

カンドゥーラについてわかりやすく解説してくれているブログを見つけたので、参考までに貼っておく。

このブログ主は日本人の方なんだけど、アラブ男子に負けずイケメンなのでぜひ覗いてみてほしい。

ameblo.jp



話を戻して、イスラム教について。

カタールに訪れてから中東にハマり、その後エジプト・ヨルダン・イスラエル・イラン・トルコ…と2ヶ月くらい。

エジプトにいた時、「イスラム教の一夫多妻制は、戦争で夫を亡くした未亡人たちをみんなで助けようってできた制度なんだよ」と、教えてもらってからわたしのイスラム教に対する考えは変わった。

その前にエチオピアで出会ったケニア人のムスリムも「奥さんを平等に扱えないのなら複数は持てないよ」と言っていたし、エジプト人に聞いても同じことを言っていた。


でも、この「カブールの本屋」に書かれていることは違っていた。

一家の主のスルタン・カーンは奥さんに許可をとらないで第二妻を迎えてしまうし、奥さんも大切にされるどころか本家とは程遠いパキスタンの家の番をさせられている。


ただ、この本の家族はあくまでたくさんあるアフガニスタンの家族の中の一つに過ぎず、さらにいえばこのカーン一家は中産階級でアフガン家族の典型でもない。

カーン家の女性の扱いがこうだからと言って他の家庭も同じとは限らない。

実際、イランの一般家庭にお邪魔した時はみんな一夫一妻制だった。


そもそもイスラム教は神と個人の契約だから、他人の信仰に第三者がとやかく言うべきではない。

セクハラをしてきたムスリムに対して「それはムスリムとして許されないんじゃないの!?」と怒ったら、
『教えを守らなければ天国は遠のくけどそれも個人の自由だ』と言われ、呆れたこともあった。



わたしはエジプト人が好きだ。

みんな明るく気さくに挨拶してくるし、すごく親切だった。

でも、そんな彼らがイスラム教徒だと思うとどうしても一歩引いてしまうところはある。


すべてのイスラム教徒がそうじゃないとはわかっている。

でも、花嫁が結婚初夜を迎えた証拠として血のついた布を母親に渡す習慣にはゾッとするし、
自分が一緒にいたい人といられず、親や兄弟が決めた人と結婚しなければいけないなんてひどすぎる。

ましてや中学生くらいの年齢で二回り以上人と結婚なんて。

中国の纏足みたいで不気味だ。


それに比べればロリコン大国日本なんてまだまだ可愛いもんだ。

だって法律では16歳以下は結婚は認められていないから。



カタールでアバヤを買った時、ヒジャブの巻き方がわからず困っていたら、店内にいた家族連れの若い女性が巻き方を教えてくれた。

わたしと同じくらいか、ちょっと年下くらいの眼鏡をかけた品のある女性だった。

その家族は年配の夫婦と若い女性二人に子供は5人ほどいたと思う。


あの時は年配の方がお母さんで残りの二人は娘だと思っていたが、この本を読んだ今はきっと残りの二人は若妻だったのだと思う。

人それぞれ幸せは違うから一概には言えないけれど、それでもわたしはあんな老人と結婚するなんて絶対耐えられない。


今まであげたものは一例であり、本の中ではムスリムの女性が受けている不当な扱いについて他にも色々書かれている。



以下は、本を開いてすぐの袖に書かれている文である。

女たちは恋をすることも、
愛をささやくこともできない!


若い女は、物や金で取引される対象にすぎない。
結婚は家同士の、あるいは一族の中での契約なのだ。
一族にとってメリットがあれば、結婚は成立する。
当人の気持ちが考慮されることはめったにない。
アフガンの女たちは何世紀もの間、女だからというだけで、
こうした不当な扱いに耐え忍ばなければならなかった。

この文を最初に読んでわたしは悲しくなった。

でもそれと同時に、同じ女性として興味が湧いた。


これがイスラム教のすべてではない。

もちろん大切にされているムスリムの女性もたくさんいる。

それでもアフガニスタンにはこうした実状があり、それがイスラム教の慣習であることには違いないのだ。


著者が女性ということもあってか、内容はムスリムの女性に寄って書かれているように感じる。

そのため、男性よりも女性の方が読んでいて思うことが多いかもしれない。
(巡礼について書かれた章もあったが、さほど興味が湧かなかったのでさらっと読み飛ばした)

少し厚めの本ではあるが、それぞれの登場人物ごとに章が分かれていて読みやすく、意外にサクッと読めるので興味があれば手にとってみてほしい。

無宗教国家の我々日本人には、到底信じられない慣習や考えを知ることができると思う。